私が医師として働き始めた頃は多くの腎臓内科医にとって、「透析導入は医師の敗北」を意味する時代でした。透析設備を持つ病院も少なかったですから、患者様側も透析の宣告を受けると、人生の終わりのように落胆したものです。しかし、ここ数十年間で透析医療は飛躍的な進歩を遂げ、治療の概念も大きく変化し、さまざまな臨床研究から「透析と長く上手に付き合う方法」が明らかになっています。
透析は生涯続ける治療であり、10年・20年後も笑顔でいきいきと生活するには、信頼できる医療機関との出会いが大切です。私はよく、「透析病院の選び方は結婚相手の選び方と似ている」と笑い話で例えますが、週3回・4時間の治療は家族と過ごす時間よりも長いと言う患者様もおり、相性の良し悪しが治療経過に影響すると感じています。医療者と患者関係は対等であることが理想ですから、まずはコミュニケーションを重ね、お互いを理解し合うことから始めましょう。
医師たるもの常に勉強ですから、私は院長就任後も専門分野の研究活動に取り組み、治療のエビデンスを創出し続けています。特に力を入れる研究テーマは、「透析患者様の栄養と睡眠」で、透析室以外での過ごし方に対し、どこまで踏み込んだ支援ができるかで患者様の未来は変わると確信しています。
例えば、当院独自の「病態栄養部による月に一度の調理実習」や「睡眠時無呼吸症候群(SAS)専門外来」などは、導入時に革新的な取り組みとして注目を集めました。今では、腎臓病に対する食事療法の重要性は明らかで、透析患者様にはSASの合併が多く、CPAP療法で血圧の安定や血糖値の改善などが報告されています。透析導入に至る背景には、糖尿病や高血圧などの生活習慣病が関連している場合が多く、これまでの生活習慣の見直しこそが治療の第一歩なのです。
当院の最も誇れるところは、各科の医師たちが専門診療を究めつつ、全般的な診療能力を得るための修練を続けていること。透析患者様は免疫力が低く、身体の至るところに問題が起きやすいため、専門性と総合性のバランスの取れた診療が求められます。当院には、透析専門医をはじめ、循環器内科、血管外科、感染症内科、消化器内科、リウマチ内科など、多様な専門医が在籍し、透析合併症の診断・治療に注力しています。
また、近年では高齢化の進展に伴い、在宅での要介護透析患者数の増加が大きな課題となっています。当法人では、「春日部きせん居宅介護支援事業所」を開設し、私自身がケアマネージャーの資格を取得して対応しておりますので、在宅介護にお悩みでしたらお気軽にご相談ください。要介護認定を受けた透析患者様には、病歴に配慮した生活支援が不可欠であり、日々のシャント管理や、シャント側の腕に負担をかけない身体介助技術なども求められますから、在宅支援機関の見極めは非常に重要です。
透析患者様の多くは、長い治療を続ける中でさまざまな壁と向き合い、身体だけでなく心にも大きな負担を抱えがちです。当院では、透析患者様のメンタルヘルス対策にも取り組み、精神科医による心理カウンセリングや、透析室スタッフによる面談などのサポートを充実させています。
また、院内を「心地よい癒しの空間」にするため、多様な芸術作品を展示していることも私のこだわりです。特に外来待合ロビーには、さまざまな絵画を飾ってギャラリーのような空間を演出しているほか、自動演奏ピアノを設置し、診療までの待ち時間に院内コンサートを楽しんでいただいています。
春日部嬉泉病院 病院長
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○医学博士 ○総合内科専門医 ○内科学会専門医 ○循環器専門医 ○透析指導医 ○腎臓学会会員 ○糖尿病学会会員 ○日本睡眠学会会員 ○IC ○埼玉県医師会理事 ○主任ケアマネージャー
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1984年防衛医科大学卒業。関連病院にて循環器内科医師として勤務後、1992年より同病院へ。日本循環器学会循環器専門医、日本透析医学会透析専門医。56床の個室透析を導入して患者様のライフスタイルの改革をした。災害時の透析医療にも力を入れている。
2009年8月春日部嬉泉病院 病院長就任。
2019年10月医療法人社団嬉泉会 理事長就任、埼玉県知事表彰受賞。
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病院長として経営の舵取りをしながら、常に時代の先端を行く医療サービスを展開すべく、さまざまな臨床研究・学会発表に従事。医療法人社団嬉泉会理事長、スカイツリーライン腎疾患研究会代表世話人、春日部CKDの会代表世話人なども務め、地域全体の医療レベルの底上げを図っている。